外国人の旅人が日本各地を訪れる紀行シリーズ
某公共放送の国際放送で140か国以上に届けられている『日本を旅する』シリーズは、外国人の旅人が日本各地を訪れ、その土地の風景・文化・人々との出会いを通して、日本の奥深い魅力を世界に伝える人気の紀行番組である。この番組の最大の特徴は、「外からのまなざし」が日本人自身が見落としてきた自然観や精神性を照らし出す点にある。旅人は、四季の移ろい、土地に根ざした暮らし、歴史の層を丁寧に辿りながら、日本文化の核心に触れていく。映像は詩的でありながら構造的で、まるで一篇のドキュメンタリー映画のように静かに深く心に残る。
浮世絵を愛する欧州美大生
今回の『箱根 浮世絵のあの山を探しに』は、観光地として知られる箱根(神奈川県)の華やかさを超えて、日本人が自然とどのように向き合い、どのように楽しみ、どのように畏れてきたのかを描き出す作品である。ディレクターを務めたのは國岡徹氏。番組は、浮世絵を愛する一人の外国人美大生の視点を通して、箱根という土地に宿る“自然観の記憶”を詩的かつ構造的に紐解いていく。
葛飾北斎(かつしか・ほくさい)の描いた「箱根」
主人公の彼女は、ヨーロッパの美術大学で絵を学ぶ学生である。葛飾北斎(かつしか・ほくさい)の描いた「箱根」の一枚に心を奪われ、その誇張された山の形がどこから生まれたのかを確かめたいと願い、日本へとやってきた。浮世絵の山を探すという小さな動機は、やがて日本人の自然観そのものに触れる大きな旅へと変わっていく。國岡徹は「外から来た人の視点は、日本人が忘れてしまった自然の見方を思い出させてくれる」と語り、彼女の旅を丁寧に追いかける。
▼葛飾北斎の浮世絵『冨嶽(ふがく)三十六景 相州箱根湖水(そうしゅう・はこねのこすい)』
■ ロープウェイの空中散歩 —自然の色どりを楽しむ—
箱根ロープウェイに乗り込んだ彼女は、紅葉の谷を渡る空中散歩に息をのむ。赤、金、橙が折り重なる山々は、まるで動く絵巻のようであり、浮世絵の色彩がそのまま現実になったかのようだった。日本人は自然を畏れながらも楽しむ――その独特の感性が、ロープウェイや山岳鉄道といった“自然を楽しむための仕掛け”に表れている。遠くには富士山が静かに姿を見せ、彼女は「自然を楽しむ文化」が日本の風景に深く根付いていることを直感する。
■ 大涌谷へ ― 地獄を風景として愛でる文化—
大涌谷では、白い蒸気が噴き上がる荒々しい地形が広がる。かつて“地獄谷”と呼ばれたこの場所で、日本人は恐怖ではなく“風景としての地獄”を楽しんできた。温泉の熱でゆでられた黒い卵を手にした彼女は、寿命が七年延びるという言い伝えに微笑みながら、ひと口かじる。その素朴な美味しさに驚きつつ、「こんなに美味しい地獄があるなんて」と呟く。國岡徹は、この“恐れと遊び心の共存”こそが日本の自然観の核心だと語る。
■ 芦ノ湖と神山へ — 湖に立つ鳥居、そして縁を結ぶ森の神社—
芦ノ湖に向かうと、湖の中にぽつんと小さな赤い鳥居が静かに立っていた。背後には“神の山”と呼ばれる神山がそびえ、湖から上陸する参拝船は、まるで異世界への入口のようである。九頭竜神社の森には、二股に分かれた木が寄り添うように立ち、縁結びの象徴として今も月に千人近くの若者が訪れるという。芦ノ湖の水は富士山周辺の湧水が流れ込んでできたもので、流れ込みの場所はひんやりと冷たく、彼女はその冷たさに息をのむ。自然そのものが祈りの形になっている――その感覚は、横浜中華街篇で國岡徹が描いた“信仰と風景の交差点”とどこか響き合っていた。
■ 箱根関所へ —自然の険しさを利用した“関所”という知恵—
箱根関所では、前に湖、後ろに切り立った山々という自然の地形をそのまま利用した江戸時代の知恵に触れる。自然を要塞とし、自然を境界とする発想は、日本人が自然と共に生きてきた歴史そのものでもある。現在では忍者が記念撮影に応じ、ちょんまげのかぶりものを貸してくれ、撮影してくれるなど、歴史と遊び心が同居する風景が広がっている。古い東海道の道は貸し自転車で走ることができ、大木がそびえるまっすぐな道が続く幻想的な旧東海道を彼女は静かに進む。
■ 寄木細工の工房へ —自然の色を組み合わせて模様にする—
寄木細工の工房では、木の色の違いだけで模様を生み出す職人の技に彼女は目を奪われる。自然を削るのではなく、自然の色を組み合わせて模様にする――その発想は、日本人が自然を単なる“素材”ではなく“共存相手”として扱ってきた証でもある。國岡徹は、こうした“自然との対話”をどのように映像に落とし込むかを考えながら、カメラの後ろで静かに見守っていた。
■ そして、浮世絵の場所へ —日本人の自然観—
そしてついに、彼女は北斎が描いた「箱根」の場所にたどり着く。山の盛り上がりは実際よりもかなり誇張されていたが、彼女は気づく。「これは単なる誇張じゃない。自然の圧倒的な存在感を日本人は描こうとしたんだ」と。天下の険を登る人々が描かれた浮世絵の中で、人間は小さく、自然は大きい。日本人は自然を畏れ、敬い、そして楽しむ。その姿が箱根の風景の中に確かに息づいていた。
■ 外からのまなざしが日本を照らす瞬間
旅の終わりに、彼女は静かに呟く。「北斎は自然の大きさを描いたんだ。そして私は今、その大きさの中に立っている」。ディレクター國岡徹は、外からのまなざしが日本を照らす瞬間を確かに捉えたという。
文化の核心に触れる旅
『箱根 浮世絵のあの山を探しに』は、自然を愛し、自然に遊び、自然を畏れてきた日本人の記憶を描く物語であり、國岡が追い求めてきた「エンターテイメント性とテーマ性の両立」の結実でもある。浮世絵の山を探す小さな旅は、やがて日本文化の核心に触れる大きな旅へと変わり、自然の記憶が静かに響き合う映像詩として結晶したのである。